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東京高等裁判所 平成9年(ネ)3504号 判決

東京都千代田区神田司町二丁目九番地

控訴人(原審原告)

大塚製薬株式会社

右代表者代表取締役

大塚明彦

右訴訟代理人弁護士

村林隆一

松本司

今中利昭

浦田和栄

辻川正人

岩坪哲

深掘知子

南聡

冨田浩也

酒井紀子

大阪市旭区赤川一丁目四番二五号

被控訴人(原審被告)

沢井製薬株式会社

右代表者代表取締役

澤井弘行

右訴訟代理人弁護士

井掘周作

右輔佐人弁理士

丸山英一

東京都中央区京橋三丁目二番九号

被控訴人(原審被告)

シオノケミカル株式会社

右代表者代表取締役

塩野谷貫一

金沢市三馬三丁目三四五番地

被控訴人(原審被告)

辰巳化学株式会社

右代表者代表取締役

黒崎昌俊

右両名訴訟代理人弁護士

脇田輝次

右輔佐人弁理士

小野信夫

滋賀県甲賀郡甲賀町大字大原市場三番地

被控訴人(原審被告)

大正薬品工業株式会社

右代表者代表取締役

増井謙治

徳島市国府町府中九二番地

被控訴人(原審被告)

長生堂製薬株式会社

右代表者代表取締役

播磨久明

右両名訴訟代理人弁護士

荒井良一

主文

本件控訴を棄却する。

控訴人の当審で追加した請求を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人らは、平成一〇年一〇月二八日までの間、原判決別紙目録(一)記載の物質を製造し、輸入し、又は使用してはならない。

3  被控訴人らは、前項記載の物質を廃棄せよ。

4  被控訴人らは、平成一〇年一〇月二八日までの間、原判決別紙目録(二)記載の医薬品を製造し、又は販売してはならない。

5  被控訴人らは、前項記載の医薬品を廃棄せよ。

6  被控訴人らは、第四項記載の医薬品についてなされた原判決別紙目録三記載の医薬品製造承認について、厚生省薬務局長に対し承認整理届を提出せよ。

7(一)  被控訴人辰巳化学は、控訴人に対し、金一〇万円及びこれに対する平成八年五月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(以下、当審で追加した請求)

(二)  被控訴人沢井製薬は、控訴人に対し、金八五八万円及び内金一〇万円については平成八年五月一四日から、内金八四八万円については平成一〇年二月二一日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(三)  被控訴人シオノケミカルは、控訴人に対し、金五八万円及び内金一〇万円については平成八年五月一一日から、内金四八万円については平成一〇年二月二一日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(四)  被控訴人大正薬品工業は、控訴人に対し、金六六万円及び内金一〇万円については平成八年五月一四日から、内金五六万円については平成一〇年二月二一日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(五)  被控訴人長生堂製薬は、控訴人に対し、金四四六万円及び内金一〇万円については平成八年五月一二日から、内金四三六万円については平成一〇年二月二一日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

8  訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人らの負担とする。

9  仮執行の宣言

二  被控訴人ら

主文と同旨

第二  当事者の主張

当事者の主張の要点は、以下に述べるとおり訂正、付加するほかは、原判決「事実及び理由」の「第二 事案の概要」(原判決六頁末行から同二六頁八行目まで)記載のとおりであるから、これを引用する。

一  争点2(一)について

(一)  控訴人の主張

原判決二七頁九行目から末行までを次のとおりに改める。

「(1) 「業としての」実施とは、産業発達という特許法の目的からすると、単に個人的あるいは家庭的な実施を除外するだけの意味と解釈するべきであり、経済活動の一環として実施される以上、営利を直接の目的としていなくとも、また、営利事業ではない公共事業等においてなされる実施も、業としての実施に該当すると解釈すべきである。

被控訴人らの後発医薬品の製造承認申請のための試験は、該承認を得て医薬品の製造販売を可能にする目的でなされるものであり、正に営利を目的とする実施であるから、「業として」の実施であることは明白である。

(2) 被控訴人らは、被控訴人らの試験又は研究が、特許法二条三項一号の「特許発明の実施」に該当すると、特許期間の延長登録制度を定めた同法六七条二項の「実施」の解釈と整合性が保てないと主張するが、延長登録制度では、特許発明の実施が安全性の確保等を目的とする法律規定による許可等のため、二年以上実施できなかったとき、最大五年の延長期間しか認められおらず、制限された範囲内で特許発明を保護しているにすぎない制度であるから、この制度の存在から、利益衡量により被控訴人らの後発医薬品の製造承認申請のための試験を合法化すべきではないし、前記各条項の形式的な整合性を図る必要もない。」

(二)  被控訴人沢井製薬の主張

原判決二七頁末行の次に改行して次のとおり加え、同二八頁一行目冒頭の「(二)」を「(三)」に改める。

「(二) 被控訴人沢井製薬の主張

(1) 「業として」の実施とは、一般に「広く事業として」と解されており、個人的あるいは家庭的な実施を除外するだけと解釈されている。しかし、事業の一環として製造しているから、「業として」だと認定するのは妥当でない。製造承認申請のたあの製造は、少量であり、その時だけのもので、実際に事業として製造するのは、特許権の存続期間の満了後だからである。また、販売を目的としているから業としての実施に該当するという認定も妥当でない。製造承認申請のために製造した医薬品は、販売を目的としておらず、販売を目的とするのはあくまでも特許権の存続期間の満了後だからである。個人的あるいは家庭的な実施が許されるのは、将来の製造販売と関係ないからであり、将来の製造販売が業としての実施に該当するのであれば、その時に業としての実施と認定すれば足りるからである。

(2) しかも、被控訴人沢井製薬の試験又は研究が、特許法二条三項一号の「特許発明の実施」に該当すると、特許期間の延長登録制度を定めた同法六七条二項の「実施」の解釈と整合性が保てない。

すなわち、医薬品のような分野では、安全性の確保等のために政府の法規制に基づく許認可を得るに当たり、所要の実験によるデータの収集及びその審査に相当の長期間を要するため、その間はたとえ特許権が存続していても権利の占有による利益を享受し得ず、その期間に相当する分だけいわば特許期間が浸食されているという問題があったので、この浸食された特許期間の回復のために特許法六七条二項として特許期間の延長登録制度を導入したものである。

ところで、被控訴人沢井製薬のような後発メーカーが製造承認を得るために行う種々の試験行為が、特許発明の実施に該当するとすれば、試験行為の主体によって特許発明の実施に該当したりしなかったりする合理的根拠は見出し難いから、特許権者が医薬品の製造販売に必要な法律上の承認を得るために行う種々の試験行為も、特許発明の実施に該当することになる。そうすると、特許権者は、浸食されたとする特許期間中も、特許発明を実施していたことになり、前記の延長登録制度を定めた特許法六七条二項と理論的に矛盾するのである。」

二  争点2(二)について

(一)  控訴人の主張

原判決二八頁一一行目から二九頁七行目までを次のとおりに改める。

「(1) 特許法(制度)の目的は、産業の発達にあり(特許法一条)、その目的を達成する手段として発明を公開せしめ(同法三六条四項、六四条)、その代償として独占権を付与している(同法六八条、一〇〇条)。発明を公開せしめる目的は、重複研究を避けるとともに、公開により更なる改良発明を促すことによって社会一般の技術レベルを向上させるためであり、他方、独占権を付与する趣旨は、新規な技術開発に対するインセンティブを確保するためである。

特許法六九条一項において、特許権者の独占権の例外として、「試験又は研究」が認められている趣旨も、右の特許法(制度)の趣旨と同様に、更なる技術進歩、発展のための改良発明を促すためである。なぜなら、特許発明の公開といっても、第三者が単に明細書を読むだけでは、大きな技術発展は期待できず、技術進歩、改良発明のためには追試験を認める必要があるからである。

したがって、特許法六九条一項の「試験又は研究」には、文言上の限定はないものの、一般的には、更なる技術進歩、発展のための改良発明を目的とする「試験又は研究」に限定して解釈すべきであり、その外には、当該特許発明の技術的内容を調査、確認する目的の場合及び特許無効審判請求につながる当該特許の有効性を判断する目的の場合に限定されるべきである。

(2) これに対し、被控訴人らが、薬事法一四条、同法施行規則一八条の三により、医薬品の製造承認申請において必要な資料を得るために行う前記の、〈1〉規格及び試験方法、〈2〉加速試験、〈3〉生物学的同等性試験(以下、右〈1〉ないし〈3〉を併せて「各種試験」という。)の内容は、次のとおりである。

〈1〉 規格及び試験方法

医薬品の有効成分及び製剤が生産されるごとに変化しないよう規格値を設定すること並びにその測定方法であり、具体的には使用する機器の測定条件を変えて何回か測定し、正確に測定できる条件を設定し、この測定法から、先発医薬品と同等の規格値を設定すること

〈2〉加速試験

温度摂氏四〇度+二度、湿度七五パーセント±五パーセントの条件下で、六か月間保存して、流通期間中の品質を予測する試験

〈3〉 生物学的同等性試験

一〇~一五例の健常成人に対し、臨床投与量を一回投与し、その血中濃度を先発医薬品のそれと同じであることを確認する試験

(3) これらの各種試験は、後発医薬品の品質、有効性、安全性を直接証明するものではなく、既に品質、有効性、安全性が確認されている先発医薬品と同等であることを証明するものであるから、新規の技術知見を得る目的でなされるものではなく、既存の医薬品の改良につながるような資料は得られない試験であり、特許法六九条一項の「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に該当しない。

なお、各種試験により、服用しやすい剤型の変更等の資料を得られる可能性があるとしても、その程度の資料は、ほとんど公知技術であり、特許法が奨励するような技術進歩に貢献するものではない。

(4) 控訴人も、薬事法上の審査資料を得るための各種試験自体が、医薬品の品質、有効性、安全性の確保という公共性の強いものであることは否定しない。しかし、特許法六九条一項の「試験又は研究」の概念の解釈において、右のような公共性を利益衡量の一つとすべきではない。なぜなら、同条項の目的とする公益性は、産業発展に寄与する技術進歩、改良発明の促進であって、薬事法上の公共性とは異なるからである。また、特許法六九条一項は、同法一条の第三者ないし社会一般の利益の調整等を考慮して具体化した規定であるから、更にこの公益性を考慮して「試験又は研究」を解釈することは、その範囲を不当に拡大することになる。

しかも、被控訴人らによる各種試験は、本件特許権の有効期間中に行われたものであり、その経過後直ちに後発医薬品の製造販売を可能にするという被控訴人らの私益のためであるから、公共性とは全く関係がない。

控訴人は、特許期間中であれば被控訴人らの侵害行為を差止請求できる地位にあり、控訴人の請求は、被控訴人らが特許法を遵守したなら得られる地位に戻すことを主張しているだけであり、特許期間についての規定を、絶対的なものとして解釈する必然性はなく、例外的に期間経過後も独占的地位が継続し得る場合のあることを認めるべきである。

(5) しかも、特許期間の延長登録制度が導入された昭和六二年法改正(平成六年法律第一一六号)当時、農薬取締法二条に基づく農薬登録を得る目的でなされた試験につき、技術の進歩を目的とするものでなく専ら販売を目的とするものである場合には、特許法六九条一項にいう試験研究たる実施に当たらないとの一般論を明確に打ち出した東京地裁昭和六二年七月一〇日判決(無体裁集一九巻二号二三一頁、以下「関連地裁判決」という。)が存在し、この解釈が学説の多くの賛同を得ていたのであるから、これらの判決や学説に反して、立法者に、特許権存続期間中における後発品の製造承認申請のための試験を適法とする意思があったとすれば、明文の規定を置くか、少なくとも疑義の生じないような手だてが講じられたはずであるにもかかわらず、何らの措置も講じられなかったのであるから、立法者が、後発医薬品の製造承認申請に必要な試験を適法とする意思がなかったか、特許法の一般法理で差止めが可能と理解していたものと考えるべきである。」

(二)  被控訴人シオノケミカル及び同辰己化学の主張

原判決三一頁九行目の次に改行して次のとおり加える。

「(3) 控訴人の主張する関連地裁判決の事案は、本件とは法環境や状況が異なるものであって、現在では先例となり得ないものである。

すなわち、まず第一に、関連地裁判決の事案では、特許期間中に製造、販売することを目的として、製造承認に必要な試験を第三者に依頼したものであり、この依頼試験が実施されれば、必然的に特許侵害が生じることが予見されたものであって、この行為を侵害の準備行為と認める必要性があったのである。これに対し、本件では、塩酸プロカテロール製剤の製造、販売は、特許期間満了後であることは明らかで、各種試験は侵害の準備行為とならない点で相違する。

第二に、関連地裁判決の当時は、特許期間の延長登録制度が存在しなかったために、特許権者のみが製造承認に至るまで当該特許発明を実施できないという不利益を被るのに対し、後発品の製造者は、このような不利益を被らないという状況にあり、関連地裁判決は、このような状況を容認すべきでないという判断のもとになされたものと考えられ、既に特許期間の延長登録制度が設けられた現在では、このような判断が成立する余地はない。」

三  争点3について

(一)  控訴人の主張

原判決三五頁九行目の「同年一〇月末日」を「平成九年一一月末日」に改め、同頁一一行目「以下のとおり」の次に「(詳細は別表記載のとおり)」を加える。

同三六頁一行目から同五行目までを次のとおりに改める。

「 (販売額) (利益)

被控訴人沢井製薬 二一二〇万円 八四八万円

被控訴人シオノケミカル 一二〇万円 四八万円

被控訴人大正薬品工業 一四〇万円 五六万円

被控訴人長生堂製薬 一〇九〇万円 四三六万円」

(二)  被控訴人沢井製薬

原判決三六頁六行目の次に改行して次のとおり加え、同頁七行目の「(二) 被告らの主張」を「(三) その余の被控訴人らの主張」に改める。

「(二) 被控訴人沢井製薬の主張

控訴人は、IMSの統計資料をそのまま売上額として主張するが、同資料は、販売数量に対して「保険薬値」を乗じて売上額を積算したものである。しかし、実際の販売価格は、「保険薬値」よりも大幅に低くなるものであり、右の統計資料に記載された売上額は実際のものではない。」

第三  争点に対する判断

一  原判決の引用

当裁判所も、控訴人の本訴請求は、当審で追加した請求分も含めて理由がないものと判断する。

その理由は、次に述べるとおり付加するほかは、原判決の「事実及び理由」の「第三 当裁判所の判断」(原判決三六頁九行目から同四八頁四行目まで)と同じであるから、これを引用する。

二  争点2(一)について

被控訴人らが、本件特許権の存続期間中に、塩酸プロカテロールを有効成分とする気管支拡張剤につき、医薬品製造承認の申請を受けたこと、右製造承認申請に必要な各種試験において、塩酸プロカテロールを自ら製造するか、又は輸入若しくは他より購入して使用し、塩酸プロカテロールを有効成分とする医薬品を製造する必要があったことは、原判決の説示するとおり(原判決三六頁一一行~三七頁五行)である。

そうすると、被控訴人らの右行為は、塩酸プロカテロールを有効成分とする医薬品を製造販売するための準備行為として、被控訴人らの事業活動の一環としてなされたことが明白であるから、製造承認申請のための使用量が少量であり、本件特許権の存続期間の満了前の販売を目的としていないとしても、業として本件特許権を実施したことに当たるものといわざるを得ない。

また、被控訴人沢井製薬は、被控訴人沢井製薬による試験又は研究が、特許法二条三項一号の「特許発明の実施」に該当するとすると、特許権者による試験又は研究も、「特許発明の実施」に該当することになり、特許期間の延長登録制度を定めた同法六七条二項の「実施」の解釈と整合性が保てないと主張するが、被控訴人ら第三者による試験又は研究の場合と異なり、特許権者による当該特許発明のための試験又は研究が、特許法二条三項一号の「特許発明の実施」及び同法六七条二項の「実施」に該当するものでないことは明らかであるから、右主張は、その前提において誤りがあり、これを採用することはできない。

三  争点2(二)について

1  特許法六八条は、「特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有する。」旨定め、特許権が独占的排他権であって、特許権者の了解がなければ、業として特許発明を実施することは、原則としてできないとの特許権の効力を明らかにしている。そして、「特許権の効力は、試験又は研究のためにする特許発明の実施には、及ばない。」旨を定める同法六九条一項は、右のような原則に対して例外に当たる場合を定めたものであるところ、同項の「試験又は研究」という概念自体相当程度広範なものであるうえに、同項は、その「試験又は研究」の目的、「特許発明の実施」の態様等につき何らの限定も伴っていない。しかしながら、右のような限定がないからといって、およそ「試験又は研究のためにする特許発明の実施」の外形を有するあらゆる行為がこれに該当すると解することは相当ではない。なぜなら、特許法が特許権を独占的排他権として構成した趣旨又は目的との関係において、その例外たるべき合理的・実質的な根拠を伴わない特許発明の実施についてまで、特許権の効力を及ぼさないとする理由は見い出せず、同項がかかる場合までも同項該当行為に含める趣旨であるものとは考えられないからである。したがって、特定の特許発明の実施が、その「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に該当するものであるかどうかは、特許法が特許権を独占的排他権として構成した趣旨又は目的を考慮したうえで、当該特定の特許発明の実施が、右の趣旨若しくは目的に沿い、又はこれに反しないものであるかどうか、あるいは右の趣旨又は目的に対して劣後するものではないと考えられる何らかの法的利益を実現するものであるかどうか等を検討することによって決せられるべきものと解される。

しかるところ、特許制度は、発明者にその発明を公開させ、その代償として、発明者に対し、一定の期間を限って、業としてその発明を独占的に実施する権利である特許権を付与することにより、発明に対する意欲を高め、発明を奨励するとともに、発明の公開をもって、社会一般の技術的進歩に役立たせることを制度の根幹の一つとするものであり、特許権が独占的排他権として構成される趣旨も、かかる制度目的に基づいて理解されるべきものである。

したがって、控訴人が主張するとおり、特許発明の更なる技術進歩、発展のための改良発明を目的とする行為、当該特許発明の技術的内容を調査、確認する目的の行為及び特許無効審判請求につながる当該特許の有効性を判断する行為等は、右の特許権を独占的排他権として構成した趣旨ないしその前提をなす制度目的に沿うものであるか、又は、少なくとも、その制度目的との関係において、特許権を独占的排他権として構成した趣旨に反しないものとして、特許法六九条一項の「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に該当するものと解される。

しかしながら、同項の「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に該当する行為が、右のような特許権を独占的排他権として構成した趣旨ないしその前提をなす制度目的そのものに由来するものに限られると解することはできない。なぜなら、発明者に対し、発明の公開の代償として、一定の期間を限って、業としてその発明を独占的に実施する権利である特許権を付与するものとする一方で、右の一定期間経過後は、何人も自由にその発明の実施をすることができるものとして、これを自由競争のための社会一般の財産に帰せしめることも特許制度の根幹の一つであって、特許法の枠内における解釈のみからしても、このような他の制度目的との関係において、同項の「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に該当する行為の範囲を検討すべき場合があり得ることは当然であるのみならず、前示のとおり、特許法六九条一項の「試験又は研究」という概念が広範なものであり、また、同項が「試験又は研究」の目的、「特許発明の実施」の態様等につき何らの限定も伴わないことに鑑みれば、前示の特許法が特許権を独占的排他権として構成した趣旨又は目的が、直接には特許法がその目的とするところではない社会一般の利益、より具体的には、他の法令がその目的として保護する公益との比較衡量において、これに対し譲歩しても不当とは解されない場合として、同項の「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に該当すると認めるべき行為も存在するものというべきであるからである。

控訴人は、特許法の目的とする公益性は、産業発展に寄与する技術進歩、改良発明の促進であって、薬事法上に規定されたような公共性とは異なるから、このような公共性を利益衡量の一つとすべきではないし、これを考慮して「試験又は研究」を解釈することは不当であると主張し、本件証拠中にもこれと同旨の見解を述べ、あるいは示唆する論考が存在する。

しかし、特許制度は、もとより我が国の諸法制の一分野であって、他の諸法制と無関係に存在するものでないことはいうまでもなく、したがって、特許法に基づく特許権者の利益にしたところで、特許法を含む我が国の諸法制全体によって構成される種々の法益の一つとして、他の法益、なかんずく公益との調整を欠くことのできないものであるし、また、かかる調整があり得ることを前提として、その存在意義が認められるものである。このように特許法に基づく特許権者の利益であっても、特許法がその直接の目的とするところではない公益との調整を図ることが必要であることは、特許法上、一条の「この法律は、発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与することを目的とする。」との定めのうちに既に示唆されているものというべきであるし、公益との調整を図る見地から特許権の成立を否定し、あるいはその効力を制限する規定である同法三二条、六九条二項一号、三項、九三条等において現実化しているところである。とりわけ、同法六九条一項と同様、特許権の効力が及ばないとする文言の規定によってその制限がなされている同条二項一号、三項においては、その制限をすることによって保護しようとする公益の内容(国際交通の混乱の防止、医療の混乱の防止)が具体的に明らかとなっており、かつ、それが特許法が直接その目的とするところではない公益であることからみても、特許制度との関わりで論じられるべき公益性以外の公益性(公共性)を特許法における利益衡量の一つとすべきではなく、これを特許法の解釈において考慮すべきではないとする控訴人の立論が成り立たないことは明白である。そうすると、「試験又は研究」の目的、「特許発明の実施」の態様等につき何らの限定も伴わない同法六九条一項は、これらの規定と同様に、他の法令がその目的として保護するものを含む公益との調整を図る見地から、特許権の効力を制限する趣旨も包含する規定であると解することが自然である。

2  そこで、被控訴人らが、本件特許権の存続期間中、医薬品製造承認申請のための各種試験において、塩酸プロカテロールを自ら製造するか、又は輸入若しくは他より購入して使用した行為が、特許法六九条一項の「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に該当するか否かを検討する。

(一) 被控訴人らが、本件特許権の対象である塩酸プロカテロールを有効成分とする気管支拡張剤につき、薬事法一四条の定める製造承認の申請をするために、同法施行規則一八条の三により、その申請書に添付する必要のある各種試験(〈1〉規格及び試験方法、〈2〉加速試験、〈3〉生物学的同等性試験)に関する資料の作成を目的として、本件特許権存続期間中に、塩酸プロカテロールを自ら製造するか、又は輸入若しくは他より購入して使用し、各種試験を行ったこと、各種試験が、後発医薬品の製造承認申請において必要な資料を得るための試験であることは、前示第二の二の3及び4のとおりであり、各種試験の試験内容も、前示第二の四の3の争点2(二)に関する控訴人の主張(2)のとおりであると認められる(弁論の全趣旨)。

これらの事実によれば、被控訴人らが、各種試験のために、塩酸プロカテロールを自ら製造するか、又は輸入若しくは他より購入して使用した行為は、「試験又は研究のためにする特許発明の実施」の外形を有するものと認められる。

(二) ところで、薬事法は、医薬品の製造業の許可を受けた者でなければ、業として、医薬品の製造をしてはならない旨(同法一二条一項)、厚生大臣は、基準を定めて指定する医薬品を除き、医薬品を製造しようとする者から申請があったときは、品目ごとにその製造についての承認を与える旨(同法一四条一項)、製造業の許可の申請者が製造しようとする物が製造承認を要するものであって、製造承認を受けていないときは、その品目に係る製造業の許可を与えない旨(同法一三条一項)をそれぞれ定めており、これらの規定によれば、結局、業として医薬品を製造しようとする者は、厚生大臣が基準を定めて指定する医薬品を除き、品目ごとに厚生大臣の製造承認を得る必要があることになる。そして、同法一四条二項は、製造承認は、申請に係る医薬品の名称、成分、分量、構造、用法、用量、使用方法、効能、効果、副作用等を審査して行うものとし、同条三項は、製造承認申請をしようとする者は、厚生省令の定めるところにより、申請書に資料を添付して申請しなければならないとしており、塩酸プロカテロールを有効成分とする医薬品につき製造承認申請をしようとする被控訴人らは、右各規定の定めに従って、厚生省令である薬事法施行規則一八条の三により申請書に添付する必要のある資料を得るために、塩酸プロカテロールを自ら製造するか、又は輸入若しくは他より購入して各種試験に使用したものである。

薬事法は、「医薬品、医薬部外品、化粧品及び医療用具の品質、有効性及び安全性の確保のために必要な規制を行うとともに、医療上特にその必要性が高い医薬品及び医療用具の研究開発の促進のために必要な措置を講ずることにより、保健衛生の向上を図ることを目的とする。」(同法一条)ものであって、同法が医薬品の製造につき製造承認を要するものとする規制を行い、その申請に係る医薬品について所定の審査を行うのは、医薬品の品質、有効性及び安全性を確保して、保健衛生の向上を図るためであると解される。そうすると、製造承認の申請者が、申請書に添付する必要のある資料を得るために行う各種試験の目的も、同じく、医薬品の品質、有効性及び安全性を確保することに帰着することは明らかである。

控訴人は、後発医薬品の製造承認申請において必要な資料を得るために行われる各種試験は、いずれも後発医薬品の品質、有効性、安全性を直接証明するものではなく、既に品質、有効性、安全性が確認されている先発医薬品と同等であることを証明するものであるから、新規の技術知見を得る目的でなされるものではなく、既存の医薬品の改良につながるような資料は得られない試験である旨主張するところ、仮に各種試験にその主張のような側面があるとしても、そのような各種試験についての資料の添付が要求され、製造承認に係る審査の対象とされるのは、既に製造承認を経て医薬品としての品質、有効性及び安全性が確認されている先発医薬品に係るデータを利用しつつも、後発品自体についての品質、有効性及び安全性を確認して、将来後発品の投与を受けることとなる多数の者の安全を確保するためであることは明らかであり、その意味で、後発品についての製造承認のための審査や、その申請のために行う各種試験が、内容的に先発医薬品の場合と異なるからといって、薬事法におけるその意義の点で相違があるものということはできない。そして、このような製造承認による医薬品製造の規制、審査及びそのための各種試験が、薬事法の実現しようとする法的利益と直接関係するものであり、かつ、多数の者の生命身体の安全に直接関わる極めて公益性の強いものであることは論ずるまでもないところである。

(三) 右のとおり、本件において被控訴人らが実施した各種試験は、本件特許権の実施に当たるものではあるが、薬事法の目的とする極めて強い公益の実現に関わるものである。それのみならず、前示の各種試験の内容等に照らすと、製造承認申請をしようとする者が各種試験を行うためにする特許発明の実施において、製造された製剤は、患者に投与されることなく各種試験を行う過程で費消されるのであるから、その特許発明の実施によって、製造承認申請をしようとする者に直接収益がもたらされるわけではなく、また、特許権者側の特許発明の実施と競業するものでもないから、特許権者が、その特許発明を実施するという側面において受ける実質的損害は皆無である。もっとも、この点は、特許権存続期間中に各種試験を経ることによって、後発品メーカーが存続期間終了後直ちに市場に参入することをもって特許権者の損害と捉えるのであれば別の結論に至ることになるが、そのように解することが許されないことは次に述べるとおりである。

(四) 製造承認を得るために、各種試験に着手してから製造承認申請を経て製造承認を取得するまでの間に、各種試験の期間及び審査期間等としてある程度の日時を要し、その間、医薬品の製造が規制されることはやむを得ないことであるが、仮に、特許権存続期間中に、製造承認申請を目的として、各種試験のために特許発明を実施することが特許権の侵害に当たる行為であるとすれば、製造承認申請をしようとする者は、特許権存続期間終了後に各種試験に着手しなければならず、その後各種試験の期間及び審査期間等を経て、当該薬剤の製造販売を行い得るまでには、控訴人の主張によれば二年六か月を要し、その間、特許権者であった者は、特許権存続期間が終了したにもかかわらず、その存続中と同様、当該発明を独占的排他的に実施し得る結果となる。しかしながら、先に述べたとおり、発明者に対し一定期間を限って、業としてその発明を独占的に実施する権利である特許権を付与するものとする一方で、右の一定期間経過後は、何人も自由にその発明の実施をすることができるものとして、これを自由競争のための社会一般の財産に帰せしめることも特許制度の根幹の一つであることを考えれば、医薬品の品質、有効性及び安全性を確保して保健衛生の向上を図るという、特許法の目的とは全く無縁というべき薬事法の目的に基づく規制が存するために、特許権者であった者が、特許権存続期間終了後においてまで、社会一般の財産となるべき発明を独占し、自由競争を阻害するようなこととなる事態は、特許法の観点からみても直ちに容認されるべきではないといわなければならない。

まして、右のような薬事法の目的に基づく規制から医薬品を製造できない期間がやむを得ず生じることを根拠に、特許権存続期間終了後直ちに他者によって当該発明が実施され、特許権者であった者の発明の実施と市場において競合することが、あたかも、特許法によって特許権者に認められた期間的な利益を侵害するものであるかのようにいう控訴人の主張は到底許容されるものではない。薬事法上の規制は、医薬品の品質、有効性及び安全性を確保して保健衛生の向上を図るという同法の目的に基づくものであって、当該医薬品に係る特許権者がその製造販売を独占的に行うことを保障することを目的とするものではないから、仮にその規制の影響で特許権者に何らかの利益が生じるとしても、それは単なる反射的利益にすぎず、法的利益とはなり得ないものである。

(五) 以上の各点を総合すれば、薬事法が製造承認の制度を設けて保護しようとする公益の内容が、前示の特許権を独占的排他権として構成した趣旨ないしその前提をなす制度目的との比較衡量において劣後するものとは考えられず、特許権存続期間中に、薬事法に基づく製造承認申請を目的として、各種試験のために特許発明を実施しようとする場面においても、かかる限度に止まる限り、これに対し特許権の効力が及ばないものとすることにより、特許権を独占的排他権として構成した趣旨ないし制度目的が、右薬事法の実現しようとする公益の前に譲歩するものとすることが不当であるとは到底解されない。のみならず、特許権存続期間中に、薬事法に基づく製造承認申請の目的で各種試験のためにする特許発明の実施に対しては特許権の効力が及ばないものとすることは、一定の期間を限って、発明者に対し、業としてその発明を独占的に実施する権利である特許権を付与するものとする一方で、右の一定期間経過後は、何人も自由にその発明の実施をすることができるものとして、これを自由競争のための社会一般の財産に帰せしめるという特許制度の他の目的にも符合するものである。

そうすると、薬事法に基づく製造承認申請の申請書に添付する資料の作成を目的とし、そのために必要な各種試験のために特許発明を実施することは、特許法六九条一項の「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に該当するものとして、特許権の効力が及ばないものと解するのが相当である。

3  昭和六二年法律第二七号により、特許権存続期間の延長登録制度(特許法六七条二項、六七条の二ないし同条の四)が設けられたことも、製造承認申請をしようとする者が特許権存続期間中に各種試験のために特許発明を実施することが、特許法六九条一項の「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に該当することを裏付けるものということができる。

すなわち、特許権存続期間の延長登録制度は、薬事法に基づく製造承認を含む(特許法施行令一条の三第二号)「その特許発明の実施について安全性の確保等を目的とする法律の規定による許可その他の処分」を受けることが必要であるために、その特許発明の実施をすることが一定期間以上できなかった場合に、一定の限度内で当該期間に相当する期間、特許権存続期間を延長することをその趣旨とするものであるが、かかる制度が設けられた以上、特許権者は、特許権存続期間のうち、自らの製造承認申請のために侵食された期間に相当する期間の補填を受け、原則として特許法の定める特許権存続期間と同じ期間だけ当該発明の独占的排他的な実施を確保し得ることとなったのであるから(延長登録制度上の最長・最短期間の制限のために、現実には特許法の定める特許権存続期間と同期間とならないことがあり得るものとしても、それは同制度内部の問題であるにすぎない。)、その上更に、製造承認申請をしようとする者が特許権存続期間中に各種試験のために特許発明を実施することが特許権侵害に当たるものとして、延長された特許権存続期間の終了後においてまで当該発明の独占的排他的な実施の期間を生じさせることは、およそ合理的な説明のなし難いことであるといわなければならない。

この点につき、控訴人は、延長登録制度の改正当時、農薬取締法二条に基づく農薬登録を得る目的でなされた試験につき、技術の進歩を目的とするものでなく専ら販売を目的とするものである場合には、特許法六九条一項にいう試験研究たる実施に当たらないとの一般論を明確に打ち出した関連地裁判決が存在し、この解釈が学説の多くの賛同を得ていたのであるから、これらの判決や学説に反して、立法者に、特許権存続期間中における後発品の製造承認申請のための試験を適法とする意思があったとすれば、明文の規定を置くか、少なくとも疑義の生じないような手だてが講じられたはずであるにもかかわらず、何らの措置も講じられなかったのであるから、立法者が、後発医薬品の製造承認申請に必要な試験を適法とする意思がなかったか、特許法の一般法理で差止めが可能と理解していたものと考えるべきであると主張し、本件証拠中にもこれと同旨の見解を述べる論考が存在する。

しかし、特許法六九条一項は、右改正前から、その「試験又は研究」の目的、「特許発明の実施」の態様等につき何らの限定も伴っていなかったことに鑑みれば、右改正当時の立法者意思が製造承認申請のための試験を同項から除外するというものであれば、むしろ、その旨を明文の規定により明らかにしたはずであると考えるのが自然である。また、控訴人主張の関連地裁判決が一例あったからといって、それが一般論として説くところが当時の確立した判例であったといえないことも明白である。したがって、右主張は到底採用できるものではない。

また、本件証拠中には、特許法は、そもそも先発メーカーと後発メーカーとの間に二〇年(特許権存続期間)プラスαのタイム・ラグを予定しているものとして、特許権者であった者の延長された特許権存続期間の終了後の当該発明の独占的排他的な実施の期間を説明しようとする論考もあるが、特許法上、延長登録制度の適用を受ける特許権に限って、かかるプラスαが付与されることを相当とする実質的な根拠は見い出し難い。

4  以上のとおり、薬事法に基づく製造承認申請の申請書に添付する資料の作成を目的とし、そのために必要な各種試験のために特許発明を実施することは、特許法六九条一項の「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に該当するものと解すべきであるから、被控訴人らが、本件特許権の存続期間中、医薬品製造承認申請のための各種試験において、塩酸プロカテロールを自ら製造するか、又は輸入若しくは他より購入して使用した行為が、本件特許権を侵害するものということはできない。

四  控訴人の本件請求は、いずれも、被控訴人らが、本件特許権存続期間中に、医薬品製造承認申請のための各種試験において、塩酸プロカテロールを自ら製造するか、又は輸入若しくは他より購入して使用した行為が、本件特許権を侵害するものであることを前提とするものであるから、右行為が本件特許権を侵害するものといえない以上、その余の争点について判断するまでもなく理由がないものである。

したがって、原判決が、控訴人の差止め、廃棄、整理届の提出及び損害賠償請求を棄却したことは、いずれも相当であり、また、控訴人が当審で追加した不法行為に基づく損害賠償請求も棄却すべきである。

五  以上によれば、控訴人の本訴請求は、控訴人が当審で追加した請求も含めて理由がなく、これを棄却した原判決は正当であるから、控訴人の本件控訴を棄却するとともに、当審で追加した請求を棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法六一条、六七条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)

別表

〈省略〉

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